Pipopa Organization

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演算されている世界について。



 おはようございます。皆さん。Pioppaです。

本稿では、とりとめもなく、思うところを綴ります。

 まず、本稿の主題として、我々が存在するこの世界はなぜ存在するのか? という考えを設定します

それに関してのわたしの考えは、実質的には、陰謀論を肯定するものです。

 つまりどういうことは?

 というのは、まず、ここ10年でスマートフォン・タブレット端末が爆発的に普及しました。そして、過去30年ではパーソナルコンピューター、インターネットが爆発的に普及しました。

 これら無しの仕事などは、あらゆる分野で考えられません。

 そして、過去にさかのぼって考えたところ、産業革命以降の進歩というのは凄まじく、それ以前の社会がどのように成り立っていたのか、などとは、想像するのも難しいくらいです。

 なので、わたしは、そこから考えを一気に飛躍させてこう考えます。過去というものはあくまで物語的に設定されたものでしかなく、我々は、なんらかの我々の世界の外部領域、或いは、メタ領域にある演算装置(我々の理解をこえた能力をもつ)に依って演算されているのが真実ではないか? ということです

 このわたしの考えが、真実の考えか、間違った考えか、証明するのは簡単ではありません。しかし、わたしが強く考えるのは、ここ30年のインフォメーションテクノロジーの発展は、過去約5000年(といわれる)人類の歴史、その発展の遅々としたものと比較してみると、あきらかに不自然ではないでしょうか?

 又、この世界が真実のもので、137億年ほど前のインフレーション、及びビッグバンによってこの宇宙が形成され、地球もできて、そこから、何十億もたって我々が存在するようになった。そんな戯言のようなことを、簡単に真実だと考えていいのか? わたしはまったく信じていません。理屈としてただしいと判断できるというデータがあるだけです。考えとしてはまったく同意できない。

 我々の世界というのは、我々を演算する外部領域の存在が行う、実験のようなものだと強く思っています。

 三冊本を紹介して終わります。




時は乱れて 著作:フィリップ・K・ディック 訳者:山田和子

 私の知る限り、ディックはメタ領域に関して徹底的に向き合った作家で、かれの著作からはおおいに得るものがある。自分の生きてきた世界が嘘だったら? なんらかの目的のために運営されていた嘘の世界だったら? ディックの著作の大半はそういったストーリーラインである。どこかでだれかがいっていたが、ディックの小説は全部同じ感じだ。それはある意味、的を射ている。しかし、であるからこそ、ディックは外部領域に思いを馳せるものとしては全ての著作を読む価値がある。本書はディックの入門としてもっとも優れた著作だと思います。



プランク・ダイヴ  著作:グレッグ・イーガン 訳者:山岸真

ディアスポラ 著作:グレッグ・イーガン 訳者:山岸真

 同じ作者なので、二作まとめて感想をば。グレッグ・イーガンという人は大変数学に強い、オーストラリア人の作家で、それ以外は謎につつまれているのだが、とにかく良いSFを書くし、世間的にも日本人がもっとも好きなSF作家ということになっている。そしていまも現役で活躍している、日本人が大好きなSF作家で、彼は現役最高のSF作家だと云われる。それは、わたしも同意する。

 それはともあれ、書籍を紹介したい。まずプランク・ダイヴこれは彼の短編集です。そして、この書物は個人的にはグレッグ・イーガン入門にとても良いと思う。なにをかくそうわたしが初めてよんだ、グレッグ・イーガンの書籍が本書だったのだ。

 プランク・ダイヴ収録の作品の一つにこういったものがある。それは、新種の演算機械上で知性体の生活をシミュレートする。なぜそんなことをするのか? それは演算世界の知性体が人間世界の技術以上に発展した技術を会得し、それを人間世界に教えてもらうことをねらったからだ。結末は是非とも読んでいただきたい。

 それから、ディアスポラ、ディアスポラはまさに演算装置のなかの生命体というものを真っ向から扱った、連作短編という体をなした長編小説である。機械のなかでのランダム生成での孤児の形成から、機械の外の世界とのふれあい、孤児の数学愛の芽生え、はるかな宇宙への旅たち。壮大なスケールで描かれる本書は、陳腐な言いまわしになるが、過去の人間にとっての、プラトンやシェイクスピア、カントのようなもの。それくらい普遍的な読む価値がある。もちろん、プラトン、カント、シェイクスピアもいまも普遍的に読む価値を有するとおもうけど。


 ここまで読んでいただきありがとうございます。最後に結びとして、わたしの世界演算妄想にはグレッグ・イーガンとディックの影響が強くでています。というか彼らの小説を読まなかったらこんな考えは持たなかったでしょう。このような考えをなんとかもっと、万人受けする形の長文に昇華させるのが夢なのですが、なかなか大変です。今回の文章をみてもわかるとおり本当にとりとめがないという感もあります。

 今後とも、試論をかくことを恐れずにやっていきます。

Pipopaがお送りしました。