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神について、端的かつ簡潔なわたしの思索

 序文 考えること、他者に考えと想いを伝えること、そのことの技術を向上させるためにこの文章を書くことを試みる。

 神について、端的かつ簡潔なわたしの思索

 神は存在するのか。それは乱暴に結論からいうと、わからない。そして、存在するという見解も、存在しないという見解も、どちらも肯定も否定もできる。しかし、神の存在を肯定することのほうが容易である。というのが私の見解である。

 なぜなら、神の存在が物理科学ないし天文学に依って立証されていないから。言い方を変えれば、いないという証拠もいるという証拠もない。ゆえに神がいるというのは容易なのだ。

 なぜ、神が存在するということが容易なのか、それは我々の存在の原因となったものを順にさかのぼっていくと、結局のところ太陽系の形成さらにはビッグバン、そしてインフレーション理論にいきつくのだが、さらにそれ以前となると、科学的には共通の見解はないのだ。インフレーションという宇宙の大膨張、ビッグバンがおこったということはわかっていても、なぜそういうものがおこったのかということはわかっていないのである。

 なので、なんらかの超越的な存在、いわゆる神によって、根本的な原因が設定された。と考えるのは話としては自然である。

 ただ当然、科学によって神は立証されてはいないので、或る無神論者が「証明されていないから、神は存在しない」といった場合、それは厳密には完全な否定はできないのであるが、反論として、「では、なぜインフレーションとビッグバンがおこったのか? その原因はどのようなものなのか、そういった原因を設定したものこそ神ではないのか」という言が為された場合、これもまた厳密に否定することも肯定することもできないのだ。

 であるのだが、我々の思惟する能力と現段階で全てが解明されていない科学の不完全さに基づき、我々は神を想像し肯定することができる。つまり、我々の原因をたどっていった場合、何らかの超越的な存在により原因が設定された。と判断するのは自然なことである。そして、勿論、その判断は最初に述べたとおり、証明ができないため、否定することも肯定することもできないというのが私の見解である。

 結論。ここまでで述べた神というのは、全ての原因のことである。私がここでいう神の存在の肯定とは、全ての原因の設定者としての神の存在の肯定である。何らかの全ての原因はあると考えるのは、容易で、自然である。依って、私は神が存在するということを確信している。ただ、明確に、神の存在を否定的に証明することも肯定的に証明することも現段階では不可能であると私は考えている。