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引用。火星の人類学者(ハヤカワ文庫NF)

書名:火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)

著者:オリヴァー・サックス

訳者:吉田利子

出版社:早川書房 (2001/4/1)

引用、文書入力:Pipopa

書籍情報出典:Amazon.co.jp

Amazonリンク:火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)



    「見えて」いても「見えない」

Page220-222

 こうして、「奇跡的に」視力を回復した盲人ヴァージルの物語は、基本的には一七二八年のチェズルダンの若い患者や、そのほか過去三世紀の何人かと同じ経過をたどったが、最後は奇妙に皮肉なひねりがきいたいた。グレゴリーの患者は、手術前は盲目の生活に非常によく適応し、視力を回復したあともはじめは喜んでいたが、まもなく耐えがたいストレスと困難にぶつかって、「送り物」が呪いと化したことに気づき、すっかり落ちこんで、ほどなく亡くなった。じっさい過去の患者の大半は、最初の有頂天の喜びが過ぎると新しい感覚に適応する困難さにうちのめされてしまったが、ごく少数はヴァルヴォが強調したようにうまく適応した。見える世界への適応には多くの人々が失敗したが、ヴァージルは困難を克服し成功したのだろうか。

 それはもうわからなかった。適応作業、そして彼の新しい人生は、運命のたらずらでふいに途絶してしまったからだ。たった一度の発作が彼から仕事も家も健康も自立心も奪い、自分を守ることもできない障害者にしてしまった。手術を勧め、ヴァージルの視力回復にあれほど心血をそそいだエミーにとっては、不発に終わった奇跡であり災厄である。だがヴァージルは「そんなこともあるさ」と動じなかった。ただ、そんな彼でも打撃にうちのめされて、怒りを爆発させることがあった。自分の無力さへの怒り、病への怒り、期待と夢をうちくだかれたことへの怒り、そして、その下には勝ち目がないのに投げ出すこともできない闘いを強いられたという怒りが、ほぼ最初からくすぶっていた。視力が戻った当初には驚き、感激したし、ときには喜びもあった。それにもちろん、彼には勇気があった。新しい世界への冒険や遠征の機会はめったに与えられるものではない。だが、やがて見ることと見ないこととの葛藤が生じた。見える世界をつくりあげられないのに、自らの世界を捨てなければならないという葛藤だ。彼はふたつの世界のあいだで引き裂かれ、どちらにいても落ち着けなかった。逃げ場のない苦しみだ。だが、皮肉なことに二度目の決定的な盲目というかたちで、救いが与えられた。盲目を彼は贈り物のように受けとった。ついにヴァージルは見なくてもすむようになった。わけのわからないまばゆい視覚の世界と空間から逃げることを許され、ほぼ五十年慣れ親しんだべつの感覚の世界に、ようやく身を落ち着けることができたのである。