引用。真っ白でいるよりも 谷川俊太郎

書名:真っ白でいるよりも

著者:谷川俊太郎

出版社:集英社 (1995/5/1)

引用、文書入力:Pipopa

書籍情報出典:Amazon.co.jp

Amazonリンク:真っ白でいるよりも 単行本 – 1995/5/1



-p52-53

 米飯論

in memory of T.T.

 炊き立ての飯にぼくらはすっかり慣れっこになっていて

 時々思い出したように「やっぱうまいぜ!」と叫んだりする程度だが

 うまいという言葉はそれだけではひとつの符牒と言うしかなくて

 うまいというその味の中身はうまいだけで言い尽されてるものではない

 かと言って千万言を費やせば言えるかと言えばそれも実に疑わしいと言える

 しかし母語を共にする者たちにとっては「うまい」の一言で用は足りる

 炊き立ての米の飯の味というメモリをぼくらは共有しているから

 「うまい」という命令がメモリを開けば気持ちは通じる

 あとはたとえば梅干しや塩鮭や海苔をおかずにむしゃむしゃ食うだけ

 ところでひとつひとつの言葉もまたあやしげな「意味」とともに

 それぞれさまざまな色や形や秘められた音楽をもっていて

 それらがいっしょくたになって言葉の味わいを作り出しているのだが

 それらを味わうにもまた豊かなメモリがあるに越したことはない

 言葉でなんでもいえてしまえるものならこの世は言葉だけになってしまう

 それではどんなに味気ないことだろう

 言葉では言えないと知れば知るほどうまさは深まる

 それが生きているあかしだということを知り尽くして死んだ男は

 もう言葉が届かないどこかにいるから

 炊き立ての米の飯から立ちのぼる湯気となって時にぼくを訪れる

 それもまた幽霊の一形態であろうか

 「うらめしや」の飯に舌鼓を打ちながら彼は今や寡黙なのである

-p119

 (中略)

 きらめく金貨に代わる一枚の薄っぺらなクレジット・カード

 だがそれを引き出すものは貪欲ばかりとは限らない

 損得勘定もまた古くから人類をひとつに結びつけてきた

-p122-123

 (中略)

 ただいまと声を張り上げても

 懐かしいものなんて何ひとつない

 母語だからこそよく分かる日本語のそらぞらしさ

 だが未来に帰って好奇心を満足させるより

 過去に帰って人生をやり直すより

 現在の我に返るほうがまだましだ

 木々が紅葉を始めている

 友達がバーンスタインの死んだことを教えてくれる

 時差が私のからだに見えないスタンプを押す

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